自己表現としての美術で誰かの感情を動かしたい。

ライフエンジンで「同じテーマでブログを書いてみたい!」という企画が出たので便乗します。

記念すべき第一回目のテーマは「わたしが美術を好きな理由」です!

▼発端は私のつぶやきですかね(ドヤ

広告

造り手としての好きな理由

私が美術を好きな理由、それはずばり「自己表現ができるから」です。

制作する理由は人によって異なりますが、私は美術が言葉の代わりに自分の心を伝える手段だと信じています。

友達がほぼいない学生生活を送っていた私は、内向的で自分の意見を人に伝えるのが苦手でした。そんな私にとって美術、その中でも立体作品は「自分が何を感じているのか」を視覚的に相手に伝える最良のツールだったのです。

例えば、先輩への憧れ。手を伸ばして追いつくまで、どれくらいだろうと焦がれた感情。

例えば、飛び込み台から静かな水面を通り抜ける、あの瞬間。ほほをなでる水の感覚。

例えば、祖父の家の近くの渓流の青さ。涼しい夏の川辺の空気。

そうした一瞬一瞬の感情を切り取って、煮詰めて、一つの作品として形作る。その過程がたまらなく好きだったのです。

芸術家としての学生の私を成長させた2つの言葉

高校で美術部に入部し朝は野球部とともに校門をくぐり、夜は閉門ぎりぎりまでせっせと作成に打ち込み、コンクール入賞を夢見た日々は忘れられない思い出です。

そのころ顧問に言われて今もしっかり覚えている言葉が、当時の私の芸術観に大きな影響を与えました。

「誰かに作品を見てもらうチャンスって中々無いんだよ」

年に一度県内の高校生を対象とした美術コンクールが毎年開催されていましたが、私の高校では応募する人があまりいませんでした。

そんな生徒を見て当時の顧問は、この言葉を言い続けていました。

誰かに作品を見てもらうチャンスって中々無いんだよ。しかも無料で出展できるのに、もったいないわ!

これ、当時もそうですが、大人になってさらに実感する言葉となりました。

私にとって美術とは「自己表現」なので、その作品を人前に出すコンクールとは自己表現できる居場所だったりします。

そもそも「自己表現」した機会ってどれくらいあっただろう。私はブログを始めて文章で自己表現をするようになったけど、それまで「自己表現」ってどれほどしていたのだろう。

そんな自分を表現するのがはばかられる窮屈な世界に囲まれているからこそ、コンクールで作品が並んでいる光景は、一人ひとりが自分の世界を思いっきり広げて「私はこう思っているぞー!」と叫んでいるようで、なんとも見ごたえがあり刺激的でした。

「芸術とは人の感情を動かすもの」

中々思いが形にならずもやもやしていた頃、これも当時の顧問に言われました。

芸術とは人の感情を動かすもの。

「きれい」でも「気持ち悪い」でも「楽しい」でも「悲しい」でも、とにかく人の感情を揺らすことができれば、それはすごい作品なのよ。

繰り返しになりますが、私にとって美術とは「自己表現」なのです。

「私が私らしくいる」ということがで誰かの感情を、できればポジティブな感情を揺さぶることができたら……それって、なんだかすごいことだと思いませんか。

学生の頃の私はワクワクしました。だから制作をつづけました。

自己表現としての美術で誰かの感情を動かしたい。

金銭的だったり、時間だったりで美術を辞めたのを後悔していました。後悔していることすら無視してきました。高校生のあの頃みたいな、空を飛ぶような発想力はもうないかもしれません。

でもライフエンジンで仲間たちの作品眺めてるとね、心の奥の方でふつふつと創作欲がわいてくるのです。

私が私らしくいることで、誰かがちょっぴり笑顔になるような、そんな作品を生み出していきたい。

だからまたいろいろ作ってみたい。ちょっとリハビリが必要だけど。

▼とりあえず粘土買ってきちゃったよん。

*****追記:2017年5月28日*****

今回の企画に賛同して記事をUPした人たちのURLをぞのさん(@z02n05)がまとめてくれました!言い出しっぺありがとうございます!

7人で同じテーマのブログ記事を書き比べてみた!やはり全員、切り口が違って面白い!

他の方の記事も気になる!という方がいればぜひ遊びに行ってみてください^^


それでは、これにて。

ドロン。

文月詩乃
「やってみたいをカタチにする」をモットーに日々試行錯誤中! 「行ってみたい!」は47都道府県を訪ねる旅に、「引きこもりたい!」は日々の事務処理を仕組み化することで実現させることを目標に活動しています。2017年8月より、フリーの「事務処理屋」としての活動を始めました!