つらい気分の自分のために「思い出し笑い」アルバムを作る

「ニヤニヤしている」で定評のある文月詩乃です。笑顔に限らず感情がダダもれてるだけなんですけどね。

さて、先日ライフエンジンで「みんなで同じテーマでブログ記事を書いてみる」というのが盛り上がりました。

▼前回は「わたしが美術を好きな理由」

自己表現としての美術で誰かの感情を動かしたい。

今回のテーマは「これまでで一番笑ったこと。」

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「笑い」という感情の共有って難しい

とはいえ「笑い」を中心にした記事って難しいと思います。

笑う時って、その場面とか登場人物とか言葉の意味合いとか、全部ひっくるめた「背景」を理解してないと共有できません。

共通認識のない「笑い」の例

恥ずかしながら私が大学生の頃、一番仲の良い友達との会話で面白かったものを「これまでで一番笑ったこと」として例をあげます。

友①「詩乃さんあそこに何かいるよ(街路樹を指さしながら)」

私 「え……?何もいないけど……?」

友①「チッ」

私 「おい、舌打ち聞こえてるぞ」

友①「友②、あそこに何かいるよ(街路樹を指さしながら)」

友②「きのせい(気のせい/木の精)じゃない?」

友①「ありがとう」

……いかがでしょうか。たぶんほとんどの人には笑う意味が分からない会話をしていると思います

当時国文学を専攻していた私たちの間では「掛詞」が流行っていました。行ってしまえばダジャレです。友人二人は一所懸命に掛詞を考えて事前に打ち合わせをし私にネタ見せを行ったのです。

こういう狭い範囲の共通認識で成り立っている「笑い」って「身内ネタ」で終わっちゃうんですよね。

共通認識のある「笑い」の例

では共通認識のある笑いってどんな?っていうと、以前こんなツイートがちょっとバズったのでご紹介します。

このつぶやきのRTが伸びた理由って「あるある!」って思った経験者、もしくはこの状況の想像ができる人が多かったからじゃないかなーと。

共通認識の笑いを常に生み出し続けられるツイッタラーさんとか、お笑い芸人さんとかって本当にすごいなぁと思います。自分の経験や思考を、みんながわかるところに落とし込んでいく作業ってやっぱり難しい。

自分一人を笑わせるための「思い出し笑い」アルバムを持つ

誰かに話しても共感してもらえない身内ネタって、意味が無いかっていうともちろんそんなことはなくて。

そういう笑いがあったから今の自分がいるわけだし、後でつらくなったら思い出すことでちょっぴり元気になれますし。

だから「あの時笑ったなー」という身内ネタは「思い出し笑いフォルダ」を心の中に作っておいて、しんどくなったらよく見返すようにしています。

元気が無くても笑ってみると、ちょっと元気になります。だから、元気になるためのきっかけとして。

Googleフォトに「思い出し笑いアルバム」を作るのもいいと思います。写真ってその場面にいた記憶を思い出すツールになるから、とっても効果的だと思います。

それでは、これにて。

ドロン。

文月詩乃
「やってみたいをカタチにする」をモットーに日々試行錯誤中! 「行ってみたい!」は47都道府県を訪ねる旅に、「引きこもりたい!」は日々の事務処理を仕組み化することで実現させることを目標に活動しています。2017年8月より、フリーの「事務処理屋」としての活動を始めました!