承認欲求が満たされないのは『反抗期』が無かったから

真面目にあれ、正しくあれ、と「良い子」に育ち生きてきた文月詩乃です。

自分の中の承認欲求と向き合うべく、「良い子ではなく、自分自身を満たすために行動しよう」と心掛けて早数日、別の壁にぶつかってしまいました。

なので、今回は

  • 承認欲求の解消のためにぶつかった壁
  • 反抗期中にぶつかった壁の突破方法

について書きます。

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承認欲求を満たすためにぶつかった1つの壁

先日承認欲求を解消するためには、「良い子」をやめて自分が心地よいと感じることで自分自身を満たそうと決意しました。

コンプレックスと自己愛がいつもせめぎ合ってるでしょ?

人生で初めて「良い子」をやめる、という決意をしたのです。いうなれば「反抗期宣言」です。しかし早くもここで壁にぶち当たりました。

「反抗期宣言」の結果、自分の好きなことがわからなくなった。

周囲の人の期待ではなく、自分自身が心地よい・好きだと感じることをやろうと決意してから、まず私は「自分の好きなことって何だっけ?」と振り返る作業を行いました。

するとどうでしょう。

「自分自身の好きなこと」はこれだ!と言い切れないばかりか、「本当に私は○○が好きなのか」と自分のことを疑いだしたのです。

例えば芸術、自己表現したり何かを作り上げるということが好きだと思っていたけど、それって「一度だけ親が絵を褒めてくれた」からじゃなかったっけ?

例えば文学、もともと本を読むのが好きだったけど、それって「親が読書を勧めてきた」からじゃなかったっけ?

このように、自分の好きなことって何だっけ?と考えると、「親から褒めてもらいたくて始めたことだから、実は自分はそんなに好きじゃないのかも」と考えるようになりました。

その疑念が頭の中をかすめ続けて、結果として私は自分自身の「好き」という感情を肯定できなくなりました。周囲の人の期待値が混入していない、純度100%の私の好きなことなんて存在しないじゃないか。そんな風に絶望したのです。

 反抗期中にぶつかった壁の突破方法

そんなある日、佐々木正悟さんのブログ記事を読んでいてハッとさせられました。

ごく幼い頃には、「私の望み」というものは、「母が私に望むこと」とたぶん同一であったでしょう。(中略)しかし、いつの頃からか「私の望みは私の望み」だという時期が訪れます。しかしそうなったとき、たちまちなにもかもリセットされ、それまで「母の望み」=「私の望み」であったものが、いきなり「我が頭脳にひらめきし稲妻のごとき欲望」が純然たるオリジナルに取って代わったというのもおかしな話です。

フロイトは「エスのあったところに自我をあらしめる」というようなのを理想とした時期があったようですが、あらしめるべきかどうかは別として、私の願望の起源が、母の望みから何の影響も受けていないとは考えられません。

が、先に書いたとおり、独立間もない頃には「自由か、死か」みたいな思考になりがちなため、「母の影響とおぼしき願望はすべて私の希望と認められない」といった発想になりがちです。そうやってあらゆる願望に検閲をかけてみると、残るはなにもない、といったことにしばしばなるのです。

(引用:『佐々木正悟のメンタルハック』

「毒親」が「私」に望んでいたことと「私の本当にやりたいこと」

まさに今「残るは何もない」状態に陥っていた私にとって、自身の精神的な立ち位置を把握するためのヒントになりました。

反抗期を乗り越えるための1つの実験

反抗期を迎えない「良い子」でいた私は、おそらく「私の望みは私の望み」という自我に対する思考を放棄していたのです。だから今、自分を承認するための自我が宙ぶらりんになっているのでしょう。

「今の私は過去の積み重ねの結果だ」ということは理解していたはずなのに、今回はそこから思考を切り離して考えてしまっていたようです。

過去の積み重ねは「好きなこと」だって、きっと同じことが言えるはずです。

ならば、周囲の影響を受けていようがいまいが、好きだと思ったことを一つひとつやってみるのが大事なんじゃないかと。

そうしてやってみて「辛い」とか「気が重い」と感じるなら、それは空気を読んでやっていただけかもしれないし、

「楽しい」とか「幸せ」と感じるなら、きっかけは何であれ今の自分の好きなことに近づいていると思えるのです。

「こんなん当たり前でしょ」と思えることすら、一歩一歩立ち止まらないと進めないもどかしさ。日々精進。

それでは、これにて。

ドロン。

文月詩乃
「やってみたいをカタチにする」をモットーに日々試行錯誤中! 「行ってみたい!」は47都道府県を訪ねる旅に、「引きこもりたい!」は日々の事務処理を仕組み化することで実現させることを目標に活動しています。2017年8月より、フリーの「事務処理屋」としての活動を始めました!