「私にも悪い所があったかも」って思ったら自分を責めすぎてないか自己点検が必要

常々、人生の師匠から「あまり自分を責めるでない。はたから見てると危なっかしい」と諭される文月詩乃です。

これは自分の思考癖の話ですが、先日こんなツイートをしました。今日はそのつぶやきを掘り下げて、自分自身の思考のメモに。

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嫌なこと・悲しいこと・辛いことがあると自分を責めてしまう

何か自分にとって嫌なことや悲しいこと、辛いことがあったとします。その時に私は次3つのように考えて、自分自身を責めてしまうことが度々あります。

自分にも悪い所があるんじゃないか

仮に100%相手が悪かったとしても、「自分にも悪いところがあったから、こんな結果になったのでは」と考えます。

そこから「やらなきゃ良かった後悔リスト」の作成が始まり、しばらく思い出しては1人悶絶します。

だって私が選んだことだから

空気に流されてNoが言えなかったり、「みんなは○○してほしいって、きっと思ってるよなぁ」なんて空気を読んで選択をした場合、「私が決めて(選んで)こうなったのだから、しかたない」と、いつも腹をくくります。

私が我慢すれば解決する

先の2例は過ぎ去った後の話ですが、現在進行形で「嫌だ」「悲しい」と思ってる時もあります。

そんな時は「今、私が我慢すれば全てが丸く収まる」と言い聞かせ、その瞬間を耐え忍びます。


この3例、自分のことばかり責めてしまうというのは、そもそもの解決には至らないままだよなと最近は思います。なので早めに抜け出すのが大事かなぁと。

自分を責めすぎていないか自己点検する

①これって本当に「私」がそうしたかったの?

承認欲求の話でも度々書きましたが、私は自分の気持ちよりも周囲の人の空気感を優先して行動してきました。なので自分が「嫌だ」とか「悲しい」と思ってるときは

  • 環境に言わされていないか
  • 自分の声が小さくなりすぎて聞こえないんじゃないか

という2点を疑います。

「環境に言わされる」というのは空気を読んで、本来の意思とは別の行動・態度を選択したときに感じます。

また、そういう時は本来の自分は隅っこで声を押し殺しているので「本当は○○したかった」という私自身の意思を拾い上げることができない状況にいます。

なので解決手段としては「本当の自分は何がしたかったのか」と、隅っこにいる自分に問いかけることが必要です。

②悲しいとき・つらいときもそう思ってない?

自分が悲しんでる時、あるいは辛くて辛くてしかたない時。

そんな時ですら「あの時○○していれば」「私が選んだから(私が悪い)」と責め続けていては、いつまでたってもその状況から動くことができません。

世の中人のせいにして自分を省みない人間が多いのに、あなたは十分すぎるほど反省しているのです。

だから必要以上に反省して自分を責めるのはやめて、「辛かった」「悲しかった」という自分の心に寄り添った方が健全だと思います。

③客観的に見るために文章化してみる

こうした状況って自分の世界に閉じこもった状態から「私にも悪い所があったはず」と言い聞かせているようなものです。

なのでここから打開するためには、自分の殻から出て客観的に状況をとらえることが大切と考えます。

他人だろうが自分だろうが、「誰かのせい」にするというのは客観性に乏しいんじゃないかな。

▼客観的にとらえる枠はこんな感じ

この時、感情と状況は分けて考えた方が客観性が上がるのでお勧めです。

また、整理した結果「自分と相手のどちらが悪いか」を決めるのではなく「同じ状況を作らないためにはどうしたらよいか」という方向に焦点を合わせます。

ちょっと抽象的な話になりすぎましたが、今日のところはこの辺で。

それでは、これにて。

ドロン。

文月詩乃
「やってみたいをカタチにする」をモットーに日々試行錯誤中! 「行ってみたい!」は47都道府県を訪ねる旅に、「引きこもりたい!」は日々の事務処理を仕組み化することで実現させることを目標に活動しています。2017年8月より、フリーの「事務処理屋」としての活動を始めました!