お盆とお墓と待ち合わせについて

徒然と書きたくなった文月詩乃です。

お盆にお墓についていろいろ考えてたので、徒然なるままに書き連ねます。

2017年6月に、我が家の小さな家族である16歳の犬(ここでは「じいじ」と呼ぶ)が亡くなりました。

ピンコロリ!という感じで、ある晩心筋梗塞でパタッと死んでしまいました。

直前までおやつをもらって喜んでいたらしいので、おそらくじいじ本人が一番びっくりしていたと思います。

毎日私が晩ご飯を食べる時に私のひざに乗るのがお決まりで、乗せないと足元でブーブー(本当にこういう)と文句を垂れました。

じいじが死んで、一晩経って。

朝、家の外の、私の部屋の前の小さな庭に埋めてあげました。「寂しがり屋だったから、ここなら寂しくないよね」って。

どのお通夜の後よりも重いお昼ご飯の時間がやってきて、無理やり飲み込んで部屋に戻って布団に倒れこみました。(この日は有休取りました)初めて起きたくても体が動かない、という状況を体感しました。

壁の向こう側にじいじはいる、だけど、会えない。急にどんなに頑張っても追いつけないほどの距離感を感じました。

それから私は毎朝、家を出るときにお墓に向かって「いってきます」というのが日課になりました。

核家族で神棚も仏壇も無い家で育ったせいか「故人に向かってお祈りする」という文化があまり無いままここまで生きてきました。(※この場合犬ですが)

この日課を始めてから、ちょっとずつ絶望的な悲しみから前を向ける程度の悲しみにシフトしていけたように思います。

「会えないけど、ここにいる」という感覚が、私の場合助けになったのでしょう。

お墓の中に、愛した大切な人が眠っている。(※この場合、犬ですが)

お盆になったら、姿は見えないけどあの世から帰ってきて、つかの間のだんらんを過ごす。

この年になるまで実感がわかなかったのですが、故人をしのび、ぽっかりと穴の開いた心を癒すために、お墓参りとかお盆というシステムはすごく効果的なのだなぁと。

ここでちょっと疑問が芽生えました。

私の家は核家族です。お墓は両親それぞれの実家にあります。私はいつか瀬戸内海に住みたいと思っているので、この家から出ていくかもしれません。そもそも家族みんながこの家に住み続けるのかどうかもわかりません。

その時、じいじのお墓はどうなるのでしょうか。せめて私が生きている間くらい、今の地で安らかに眠らせてあげたい。

正直、核家族の家庭が多い今の世の中において、お墓参りが負担になる人の方が多いと思っています。お墓をしめる家庭もあるそうです。そもそもお墓には入らず散骨する人もいます。

お盆だって長期休みと思っている人の方が、私の世代には多いです。

きゅうりの馬もナスの牛もTwitterで魔改造した姿を見かける方が圧倒的に多いです。あれはあれで、ご先祖様も喜んでくれそうで好きですが。

文化が人を育てますが、その時代の生き方に合わせて、文化もまた姿を変えていきます。

かつて死者は山や海、もしくは黄泉とか地獄など「この世ではないどこか違う世界」に住むと考えられていました。

お盆の時期に「地獄の井戸のフタが開く」とか、お墓に死者が帰ってくるから、みんなで迎えに行ったり、きゅうりの馬が迎えに行ったりするのです。長崎では爆竹をお墓で鳴らして迎えに来たことを知らせるそうです。

柳田国男の『遠野物語』では、松の木を燃やして天高くつるしその火を目印にして死者が返ってくる、という話が描かれていました。この松の木も時代の流れとともにつるすのではなく、かがり火になり、だんだんと盆提灯へ姿を変えていくそうです。

死んでも時期が来たら帰ってくる、そしてまた違う世界に戻っていく。昔の日本人は、そういう精神世界で生きていて、その片鱗に今回私は救われた形だと思っています。

その時代の生き方に合わせて、文化が姿を変えていくならば、

これから先私たちは大切な人たちと死別するたびに、何を心のよりどころにして故人をしのぶのだろう。

お盆じゃなくても、お墓じゃなくても、個々人が思いしのびたくなった時にしのべば良いと思えるほど、私は強くなさそうです。物理的な空間と「この期間は帰ってくる」というある種の待ち合わせは、それがあるだけで心の支えになります。

東日本大震災の後、風の電話という「故人に向けて語りかける」ための、線のつながっていない電話ボックスに遺族が訪ね続けているそうです。

風の電話に行けば、大切な人に会える。語りかけることができる。ここもそういう待ち合わせ場所なんだと思います。

お盆じゃなくても、お墓じゃなくても、心が前に進めない時、会いたくなったら会いに行ける場所が、これからは増えていくのでしょうか。

そういう優しい待ち合わせ場所が、お盆やお墓に代わっていくのでしょうか。

それはそれで、素敵な未来だと思いつつ。

それでは、これにて。

ドロン。

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